明日から6月

20060531-flower日記を書くことが慰めにならず、しばらく書かずにおいた。
まるの死は、思ったほど辛くないというか、まるが元気な頃に、まるの死を考えた時の方が絶望していたように思う。ただ、現実にそうなってしまった今は、頭の中に膜が張って、死を考えないようにしているのかもしれないし、実は2月からの闘病で、段階的に病状を私に理解させ、ゆっくりと死を受け入れられるように仕向けてくれたのか、とも思える。まるちゃんは気高く、高潔であり、勇気があって可愛かった。悲しいのは、死んでしまった事実を認めること。それを考えると、寂しさがカサカサと心の中で音を立てているような感覚になる。


ところで、22日から2,3日、私自身が荒れた。まるちゃんが死んじゃった日は絶叫し、その声で(たぶん)こならが驚き、5日間ほど家庭内ノラ化してしまった。私の姿を見ると逃げ回る。元祖家庭内ノラのコネちゃんよりも手ごわかった。一昨日あたりから、ようやく私が誰だか確信し、膝にのってくれるようになった。こならの怯えは、辛さに追い討ちをかける出来事だった。
 
まるの形見に、とヒゲと被毛を少し残した。それから、まるちゃんをいつまでも忘れないように、とネックレスを買った。写真は、まるちゃんに手向けていただいたお花です。有難うございました。

Comments (2)

ひよしまるくん6月 2nd, 2006 at 0:01:17

きっと復活してくれると願いながら、待っていました。コナちゃんのこと目に浮かぶようです。みんなで辛い思いをして、そして六月を迎えたのですね。美味しいごはんを食べて、よく眠って、そして、元気になって下さい。

nekoniko_samaru6月 2nd, 2006 at 9:31:14

いつも見守ってくださり、有難うございます。
おかげさまで気持ちはスッキリしています。まるは本当にいい子で、病気と復活と闘病と、頑張りを私たちに見せてくれてしっかりと心構えをさせてくれました。気持ち的には、あと3ヶ月くらいは延命して欲しいと願っていましたが・・。
まるが必死で外に出ようと網戸とガラス戸の隙間に入り込んでしまったり、玄関が開くのをじっと待っていたりしていた時の目が忘れられません。一度は庭に一緒に出してあげた事もありました。
そういった一つ一つがまる自身の死への準備だったのかもしれないですね。

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